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『かぐや姫の物語』感想追記

先日の日記で褒めるには褒めた『かぐや姫の物語』ですが、超凄いと思いながらも、実はなぜかいまいちのめり込めませんでした。
なんでなんだろうとずっと考えていたんですが、その理由がようやっと自分なりに腑が落ちました。
まあ、大ヒットした『ダークナイト』も俺つまんねえって言っていた自分なので、他の人が真に受ける必要はないと思います。ただの僕にとっての感想ですんで。

正確には、いまだに繰り返してみちゃう『マイマイ新子と千年の魔法』にはあれだけハマッたのに、『かぐや姫の物語』というシナリオの完成度も作画の丁寧さもテーマ性もずば抜けて高度な作品には、なぜかいまいちのめりこめなかった理由です。

どうしようもない、取り返しのつかない、後悔ばかりの人生の中でなお、「遊ぼうよ」と言ってくれてるかどうかだったんだな。

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かぐや姫はわがままな現代っ子として設計されたキャラだそうです。
そのわがままさというのは、自分の欲望を満たさないと気がすまないというものではなく、「自分の感じた正しさを曲げられない」という頑固さのことでしょう。そしてその潔癖さゆえに、じたばたせざるをえない人生を歩むキャラでした。
ピュアすぎた、理想家で、真面目すぎた。完全で完璧な生などという夢想を求めて、終始目の前の「偽者(本当はそうじゃないのに)」をしりぞけて散っていくしかなかった。そしてその過程が丹念に、隙なく、完璧なシナリオで描かれたのが、かぐや姫の物語だったように思います。
あの映画の隅々には、すべてに意味が込められており、それらはすべて「生きることには空虚でも意味がある。だから一所懸命生きよう」というところに続いているのでしょう。そこに至る道筋が、恐ろしい完成度と無駄のなさで描かれている。

ですが、その鋭さゆえに、この映画は絶望的な事実を突きつけてくれるのに、解決方法が「虚無を覚悟して突撃して死ね。それを直視することにしか救いはない」という、超厳しいものしかないように見えてしまいました。
女童のユーモラスさが、シャープすぎるシナリオや作画の緊張をやわらげる風穴として用意されたのでしょうが、それでも緩和できないほど、かぐや姫のテーマとシナリオは鋭利すぎました。
これ以上ないほど鋭く真実を突きつけてくる映画で、真実以外がないのではないか、と。
描かれているテーマは正しい。圧倒的に正しい。でもまっすぐすぎる。


『マイマイ新子と千年の魔法』もまた、逃げようのない真実を突きつけてくる映画ではあります。
ですが、そんな正面からぶつかっていってもどうしようもない真実にぶつかった時になぐさめになって笑わせてくれるのが、人形遊びであったり草笛であったりといった、他愛もない遊びだと描く、風変わりな映画でした。
僕にとっては「遊びなんて真実ではない、無駄で無意味なこと。でもこんなにも小さくてヤワで薄っぺらなものが人生をどこかで支えている」ということを見せてくれた映画でした。
目の前の勝ち目のない現実と「戦おうよ」ではなく「遊ぼうよ」と言ってくれた。
遊びの無意味さや、いい加減さが、もしかしたら目の前の現実を受け止められる、柔らかさを人間にくれているんじゃないか。
僕はこの、高畑勲の影響をかなり受けていると思われるマイマイ新子という映画大好きなんで、相当に贔屓目があるとは思うんですが(っつか信者です)、どうも僕にとっては、生きることのすべてを有意義か無意味かで量ろうとするかぐや姫よりも、こちらの方が豊かなようです。

かぐや姫も、偽物の田舎の庭を壊すことなく、ただの手慰みとして続けていたら、もしかしたら、その方が早く気付きの時が訪れたんじゃないかという気がします。でもピュアで真面目すぎて、いい加減で無駄なことをするセンスをこの映画がこの子に与えなかったし、「くだらないことでも、それはそれでよかったんだよ」という目線もありませんでした。
幼少期をあんなに魅力的に描いていたし、洛中に屋敷を構えてからもラクガキだってしてたんだから、遊ぶことも知ってたはずなのにねえ。

結局この映画の非常に完成度が高く無駄のないシナリオの中では、なぐさめのお遊びの庭は、「所詮はかりそめのくだらないこと」として切り捨てられてしまった。
そのことが「姫がしていた抵抗の幼稚さへの気付きと後悔のあらわれ」として描かれているのか、それとも「遊びも許せない理想家のどん詰まり」として描かれているのか、どちらの解釈かはわかりませんが。多分前者じゃないかな。
姫の余裕のなさと、シナリオの無駄のない完成度の高さがどうしてもオーバーラップしてしまうんですが、いい加減さと無駄を切り捨てた結果、ほぼ全編にわたって極度の緊張が張り詰めていたと感じます。
映画というより、能楽みたいな緊張感だな。

僕は、生きることを「意味がある・意味がない」という軸の外でとらえることでしか、生に救いはないと思っているのかもしれません。
ん? そういう視線でかぐや姫の映画を捕らえるなら、あの子の生の救いと証は、実は彼女自身の後悔でも悟りでもなく、別れ際におじいさん、おばあさんがあれだけ泣いて、追いかけてくれた一瞬にこそあるとも考えられるのかなあ。


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かぐや姫の物語について「この映画はすごいか?」と問われれば、間違いなく「すごい」です。
でも「この映画を愛しいと思う?」と問われたときには、僕は「自分には少し峻厳で生真面目すぎる作品だ」と言ってしまうんでしょうか。演出のすみずみまでギチギチに詰め込まれた意味が生む緊張感と逃げ場のない閉塞感で息詰まりが。
あるいは、同じ真実や人の業を喉元に突きつけてくる作品でも、立川談志の落語の方が好きかなあ。あっちの方がこれみよがしに下品やえげつなさをぶちこんでくるぶん、生身の人間を感じる。
かぐや姫は上品なんですが、作画もシナリオの構成も上品過ぎて、どこか座学じみてる、とも感じてしまいました。頭よすぎるんですよ。これも完全に好みの問題ですが。
同じ高畑作品なら、平成狸合戦ぽんぽこのバランス感覚が好みです。どんな深刻なこといっても説教してても、いつもキンタマが見えている間抜けさが。伊集院光の親父さんじゃないんだから。でもそれが、真面目に見てもいいし見なくてもいいという自由度を、観客に与えてくれているように思うんですよね。

そういう理由で、鮮烈な凄みは感じても、泣けはしなかったんだろうなあ。
僕自身もかぐや姫のように、漫画を書いているくせに遊ぶというセンスをどこかに置き忘れてきてしまった人間であり、能力低いくせにどうしようもなく理想を見ている夢見がちな人間であり、「あーさっさと死ねないかなー」と益体もないことを考えがちな人間で、強いシンパシーは感じたんですが……

いやまあ、BDは購入決定しますけどね。


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…かぐや姫の物語となにがしかのアニメ比べるとしたら、TV版~発動篇あわせてのイデオンだよね…
バカな。俺はまだ、何もやっちゃいないんだぞ。
プロフィール

佐々木バレット

Author:佐々木バレット
佐々木バレットと申します。舟名義で活動することも。
しばらくお休みしていましたが、マンガ活動再開しています。

現在、主にコミックMateで活動中。
またコミックウォーカー上で、舟名義でホラー漫画「カタリベ」の漫画も担当しています。

HPはこちらになります。
You Look'in 華々しき Rock'n Roll WOW!
また、拙著『おさなブライド』は、現在電子書籍版がDMMなどで配信されています。

ご連絡いただく際には、下記あて先の「$」を「@」に置き換えたメールアドレスにお願いいたします。
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